連載 星夜の逸品 -児玉光義-

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戦後の「コメット号」 6/12
~数奇な運命を辿ったダイアナ号とコメット号(その2)~

更新日 2014.10.1

昭和25年のコメット号

ここで、ちょうどそんな頃に製造されたコメット号を紹介しましょう。盛岡天文同好会のO氏から譲り受けたもので、昭和25年(1950)に製造されたものです。昭和26年度の小学校の卒業生の父兄が、卒業記念に学校に送ったものですが、その役割を終えて帰って来ました。

(写真)戦後のコメット号の格納状態

↑戦後のコメット号の格納状態

格納箱の大きさは、縦140mm、横820mm、高さ140mmで、厚さ4分(12mm)の板でできたかなりしっかりしたものです。三脚は、木製の直脚ですから箱には入りませんが、その他の、天体用接眼鏡、地上用接眼鏡、天頂プリズム、サングラス、架台などの付属品が全部納まるようにできています。

(写真)戦後のコメット号

↑戦後のコメット号

三脚の足の長さが1,375mmですから、三脚を一辺の長さが900mmの正三角形になるように、地面の上で開いたときの架台までの高さは、約1,300mmになります。ところで、戦前のコメット号の鏡筒は、トタンを丸めて作られていましたが、戦後のものは、アルミのパイプでできていて、外装は白色のエナメル塗装です。

(写真)戦後のコメット号の鏡筒の外形図

↑戦後のコメット号の鏡筒の外形図

対物レンズ枠の材質はアルミの鋳物で、戦前のコメット号の対物レンズ枠に似ていますが、露帽の内側の形状が異なります。戦前のものはラッパの先のような形状でしたが、戦後のものは直線的になっていて、外装は黒色の半艶塗装です。戦前のものは、鏡筒に差し込みねじで止める方式でしたが、戦後のものは、鏡筒にねじ込む方式になっています。

(写真)戦後のコメット号の対物レンズ枠の外形図

↑戦後のコメット号の対物レンズ枠の外形図

(写真)戦後のコメット号の対物レンズ枠

↑戦後のコメット号の対物レンズ枠

肝心の対物レンズですが、戦前のものは鏡径が41mmでしたが、戦後のものは鏡径が42mmになり、有効径も正確に40mmとれるようになりました。

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