更新日 2015.1.7
↑三吋単軸赤道儀
ところで、単軸赤道儀には、エロス号のように中央の軸受けが球状のものと、三吋の単軸赤道儀のように、蟇股(かえるまた)になっているものと2種類がありました。
昭和26年4月号の『天文と気象』の裏表紙の広告には、挿絵がありませんので、カストル号がどのような形態の望遠鏡か分からず困っていました。
ある時、望遠鏡仲間が集まったとき、国立科学博物館のN先生も参加されました。私が五藤式天体望遠鏡の古い資料を蒐集しているのを知っている先生は、古い科学雑誌に掲載された五藤光学の記事を幾つもコピーしてくれました。『科学知識』の昭和13年9月号に掲載された磯部文蔵氏の「天体望遠鏡の出来るまで・五藤光学研究所見学」や、『子供の科学』の昭和2年9月号に掲載された五藤齊三氏の「天体望遠鏡の昔と今」、それから、五藤光学が「各種の写真レンズまたは写真機と、弊所製の各種天体望遠鏡のレンズ類または組立部分品との交換を希望する」というような小さな記事までありました。そんなコピーの中に、『科学読売』の昭和26年9月号に、五藤齊三氏指導、内藤良治撮影の「天体望遠鏡の組立と操作」というのがあります。
組立方は3吋の単軸赤道儀を使って、当時技術部長だった前田正武氏が実演している写真が掲載されています。また、操作方法は、その他3種類の望遠鏡を使い、子どもが操作している写真が載っています。
↑『科学読売』昭和26年9月号
↑天体望遠鏡の組立と操作
何と、その中に、カストル号の写真があったのです。
↑カストル号の写真
カストル号は、カメラの三脚に単軸赤道儀の架台を載せたもので、鏡筒はコメット号の鏡径42mm、焦点距離750mmを使っています。H10~20mmの組合せ式の接眼鏡と、T=30mm(25×)の地上用接眼鏡が付属していました。上の写真は、架台を垂直にして経緯台のようにし、地上用の接眼鏡を使って景色を見ているところです。このように、コメット号はスバル号になるだけではなく、カストル号にも変身していたのです。
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