更新日 2016.5.2
その中で、恵藤一郎氏は、「星雲や星団の微を見るために5、60ミリ以上の接眼鏡が欲しい」ということや、「球面収差はないが、色収差はわずかに存し、星像が少しく赤黄色を帯びる」、「二重星の分離試験の結果、牡羊座ガ星(γ星)は見事に分れた。両星とも5等で視距離8秒だからよい1インチでないと明らかに分離出来ないものである。」、「もしこの望遠鏡に地上用の接眼鏡をかけて倍率を10倍位にするならば、地上の景色を見るにははなはだ有力なものとなる」などと述べています。( )内は筆者。ところで、この研究論文につぎのようなことが書いてあります。
「此望遠鏡について私の試験や観測したことを五藤氏にお知らせした所次の様なでがみが来た。(五藤氏てがみより)」として、五藤齊三氏からの手紙の抜粋を掲載しています。候文で句読点もありませんが、敢えてそのまま掲載します。
『小生作の一吋望遠鏡に不過分の御褒詞に預り痛み入候多年諸先生の驥尾(きび)に附して天文の民衆化の実際運動に携り候経験上天文学上の了解をひろめ候にも亦百聞は一見に如かずの感を深く致候へ共我国の経済事情にては天文趣味者全体が数百円の高級望遠鏡を持つ事は至難の問題なるのみならず一方小学校に於かれても学課の一部に採録せられたる天文記事を実物教授せらるゝに当り心ある先生方は大いに望遠鏡を必要とせたれ居らるゝに関はらず従来の高級望遠鏡にては必ずしも経済上備付を願はるゝ程度のものを作り度いと存じ自分が従来日本光学会社に在りし関係上約二ヶ年間種々研究の結果今日の一吋を作り上げたる次第に御座候未だ発売早々の事とて多々欠点も有之順次改良致し参る考に御座候が只此に使用のレンズのみは相当苦心を重ねて専門の光学理論に基く計算に依り使用硝子の屈折率を撰み口径比を研究し、外面内面の曲率を或る比例に按排する等相当の苦心を重ねたるものに御座候従って此レンズシステムに就いては目下特許出願中に候が然し単レンズとしては今日の光学理論の教ゆる最上を盡し居る自信を有し居り候尚小生は実際観測に就いては極めて不精者にて此望遠鏡による二重星観測上果して幾何のレゾルビングパワー(resolving power=分解能)を有し居れる哉を確かめ居らざりし訳に候が御芳墨に接し大いに意を強く致候と共に貴殿の視力の非凡に在らせらるゝに驚嘆仕候誠によき御報告を得て有り難く厚く御礼申上候』とし、「尚此五藤式小型天体望遠鏡は五藤齊三氏の創案製作であるが、東京市神田区錦町一丁目十九番地「科学画報社代理部」にて発売させて居るから、同所に注文せられるのが便利であろう。」と記しています。( )内は筆者。
↑五藤齊三氏の手紙が掲載されている部分
この研究論文は、『山口県教育』の昭和2年(1927)2月号に掲載されたものですから、それ以前に恵藤一郎氏と五藤齊三氏が手紙のやり取りをしていたことになります。また、この論文は、科学画報社によってリプリント版が作られ、その後に販売された1インチ望遠鏡に添付されました。従って、五藤齊三氏は、水星の日面通過のあった昭和2年11月10日には、恵藤一郎氏のことは十二分に知っていたはずです。しかし、『天文夜話』が書かれたのは、それから52年も経ってからですから、きっと勘違いされたに違いありません。
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