連載 星夜の逸品 -児玉光義-

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1インチ望遠鏡の「甲号」 11/22
~天文趣味民衆化の爲め大量生産廉價提供~

更新日 2016.5.9

1インチ望遠鏡の色収差

五藤齊三氏が、恵藤一郎氏に送った手紙の中に、「只此に使用のレンズのみは相当苦心を重ねて専門の光学理論に基く計算に依り使用硝子の屈折率を撰み口径比を研究し、外面内面の曲率を或る比例に按排する等相当苦心を重ねたるものに御座候・・・」とありますが、ここでいう光学理論とはどのような理論でしょうか。
元株式会社ニコンの鶴田匡夫氏の著書『第9・光の鉛筆』(2012年 アドコム・メディア発行)425~427ページに、正にこのことについて書いておられますので、ここに引用して紹介したいと思います。
「天体望遠鏡の最大の効用は肉眼に見えない暗い星を見せてくれる点にあります。その能力は対物レンズや対物鏡の口径を大きくすることによって向上します。しかし同時に収差や製作誤差による像の劣化も増大します。単レンズにおいては最も有害な収差は色収差です。I. Newtonが早々と屈折望遠鏡に見切りをつけて反射望遠鏡を提案・試作したことは広く知られています。
単レンズおよび2枚の薄いレンズを密着させた色収差補正レンズでの波長による焦点距離の変化を描いたのが図1です。単レンズ(BK 7と表示)の場合には正規化焦点距離の変化⊿f’/f’が波長差にほぼ比例することが分かります。
無限遠物体に対する薄い単レンズの縦の色収差、すなわち波長による後側焦点面の光軸に沿った移動⊿f’は次式で与えられます。
   df’= {(nF - nC)/(nd ?1)}f’      (1)
ここにf’は後側焦点距離、nd、nF、nCはそれぞれd線(波長587.6nm)、F線(486.1nm)およびC線(656.3nm)に対する屈折率です。

(写真)図1

↑図1

いま可視域の限界波長を短波長側で380nm、長波長側で780nmと定義し、両波長に対する焦点差を⊿f’0とおくと、図1に示した比例関係から次式が得られます。
   df’0={(780-380)/(656-486)}df’=2.35df’(2)
ここで色収差を除く諸収差がすべて0の結像レンズの焦点深度を、光軸に沿って測った回折像の中心照度が0になる幅で定義してdz’で表すと、これは次式で与えられます。
   dz’ = 16(f’/D)2λd          (3)
ここにDはレンズの有効径、λdはd線の波長です。レンズの材料をクラウンガラスの典型であるBK7に選んで(1)式の数値解を求め、(2)式と(3)式を等しいとおくと、mmで表した口径Dに対して次式が得られます。
   f’= 3.90D2               (4)
この式は、例えば広瀬秀雄「望遠鏡」中央公論社(1975)、p.27に証明抜きで引用されています。先生の文章によれば、「この式で決められる焦点距離はあまりにも長大になるので、実際に作られた対物レンズの像の劣化を我慢して、実例(ここでは省略)のようにD2の係数を1.2すなわち理論が要求する値の約1/3にとどめてある」、のです。このとき五藤の望遠鏡(D=25mm)の焦点距離750mmと計算されます。設計値800mmはセオリー通りの値だった次第です。
レンズの形を変えて単色諸収差を低減するには平凸レンズの平面側を物体空間に向けるのが最適ですが、それに対する記述はありません。実用的には両凸レンズでも十分でしょう。こうして彼の望遠鏡は計算上は完璧なので、レンズが正しく加工されていればいい星像が得られるはずです。実際彼は、1927年に起こった太陽面水星通過を彼の望遠鏡で捕らえたとして次のように書いています。「(東京天文台では)2インチ以上の口径の良質な色消しレンズでなければ見えないと言っていたが、私の売っておったのは1インチの、しかも色消しでないシングルのレンズ、眼鏡のレンズと同じものです。ただ日本光学で磨いたからよく磨いてある。ところがそれでもって、ものの見事に見えたのです」。要するに安いけれど設計・製造の勘所を正しく抑えた良質の望遠鏡だったわけです。」
ここで、もう一度恵藤氏の「天体望遠鏡の研究」を見てみましょう。価格のところに、「三○円及四○円の二種」とあります。従って、この時すでに1インチ望遠鏡の「乙号」と「甲号」の2種類あったことが分かります。また、五藤齊三氏の手紙のところに、「未だ発売早々の事とて多々欠点も有之順次改良致し参る考に御座候が・・・」とありますので、この望遠鏡は、その後いろいろと改良されたものと推測されます。

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