更新日 2016.8.22
私が株式会社五藤光学研究所に入社したのは、昭和38年(1963)4月のことです。本当は、天体望遠鏡に関連した仕事をしたかったのですが、多少星が解かるということで、プラネタリウムの担当に回されました。最初の仕事は、○○県の児童会館に納入する、M-2型プラネタリウムの座標系の原板を製作することでした。当時は、今のように、PCはおろか電卓すらない時代ですから大変な作業でした。
漆喰で塗られた丸天井のドーム内に描かれた「天の赤道」と、太陽の通り道を表す「黄道」を実際の投映機と同じ位置から、投映機と同じ投映レンズを撮影レンズにした手作りのカメラで撮影します。そのフィルムを引伸機にかけ、正確に10倍になるようにケント紙に投影して、各点をプロットします。そして、各点を正しく通る曲線の定規を、厚さ2mmのアルミ板を削って作ります。
このアルミ板の定規と烏口を用いて、太さ1mmの赤道の線を引き、10分ごとに短い目盛、30分ごとに長い目盛を引き、1時間ごとに数字の写植を貼ります。そして、原板の中心の位置と外周の円を描き、アートワークを完成させるのです。
<天球>
夜空に輝く星々には、遠近感がなく、みな丸天井に貼りついているように感じられます。そこで、天文学では、観測者の眼を中心にして任意の半径の球を描き、これを「天球」と呼んでいます。
↑天球
<天頂と天底>
糸に錘をつけて下げた時、糸の方向を「鉛直線」といいます。この鉛直線を、上の方に延長して天球と交わる点を「天頂」といい、下の方に延長して天球と交わる点を「天底」といいます(ただし、天底は足の下になりますので見ることができません)。
↑天頂と天底
<地平線>
観測者の眼を通り、鉛直線に垂直な平面が天球と交わってできる大円を「地平線」といいます。つまり地平線は、天頂からちょうど90°離れた天球上の大円です。
↑地平線
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