更新日 2022.2.18
彗星の軌道は、大きく分けて放物線軌道と楕円軌道の2種類がある。放物線軌道のものは二度と太陽の近くに戻ってこないが、楕円軌道のものは「周期彗星」と呼ばれ、固有の周期ごとに太陽の近くに戻ってくる。彗星の予報というのは、実はこの周期彗星の位置予報のことである。彗星が太陽の近くに戻ってくることを「回帰する」というが、一般に周期が200年以内のものが周期彗星と呼ばれ、現在百数個知られている。周期彗星は、主に外惑星の引力の影響を受け、普通、遠日点は外惑星の軌道付近に集中する。例えば、木星の軌道付近に遠日点のある彗星は「木星族周期彗星」と呼ばれ、その周期は木星の公転周期の約半分の6~7年になる。
彗星の観測は、今では写真によって行われ、撮影された乾板は角度の0.1″まで測られる。例えば、焦点距離2,000mmの屈折望遠鏡の直接焦点で撮影した場合、プレート上で0.001mmの測定精度が必要になる。このようにして測定された位置を「精測位置」といい、彗星の軌道は実にこの精測位置を用いて計算される。
新彗星が発見されると、まず暫定軌道が計算される。そして、観測が集まるにつれて軌道改良を行い、さらにその軌道をもとに各惑星の摂動を加算して決定的軌道が求められる。軌道改良には、エッカート(Eckert, W.J.)とブロウワー(Brouwer,D.)が1937年に開発した方法が用いられる。つまり、彗星の観測値と計算値の残差を最小自乗法を用いて、観測を最もよく表す軌道を求めるのである。これには、まず太陽と彗星の二体問題として解かれる。しかし、太陽系を運動する彗星は惑星の引力の影響を受ける。特に、観測が3ヶ月を越えるとこの影響が大きくなってくる。そこで、上記の軌道に惑星の摂動が加えられる。最近、この摂動の計算にはカウエル(Cowell,P.H.)の方法が使われる。この方法は、彗星の加速度を積分して速度、速度を積分して座標を求めるという方法である。この摂動を加算する計算には、次第に真の値に近づく漸近計算法を用いて行われる。まず、摂動の入っていない軌道から各惑星が彗星におよぼす近似的な摂動量を計算し、その量で第1次的な補正を行う。つぎに、この補正された軌道を用いて摂動量を計算し、さらに2回目の補正を行う。そして、この作業を残差が一番小さくなる軌道が見つかるまで繰り返すのである。このようにして決定的軌道が求まると、次回の回帰予報を計算する作業に移ることになる。
彗星の暫定軌道は、手計算で行っても1日程でできるが、摂動計算、特に回帰予報となるとコンピュータでなければ無理である。因みに、周期6~7年程の木星族周期彗星の回帰予報を計算するのに、コンピュータを使えば数10秒である。ところが、これを手計算で行った時の日数は、その彗星の周期年と同じ6~7年が必要とされている。この回帰予報の計算にも、近頃はカウエルの方法が用いられることが多い。普通、彗星の観測は長くても6ヶ月程しか行えない。この期間に彗星は、軌道全体の1/10程しか動かない。この部分を使用して次の回帰を計算するのだから、当然つぎの予報にもある程度の誤差を生じる。また、それだけではなく積算誤差も問題になってくる。これを避けるには積分間隔を荒くすれば良いが、そうすると積分が滑らかに進まなくなる。さらに、木星族周期彗星は2公転するごとに木星に接近する。この時は、積分間隔を小さくする必要がある。しかし、特別な場合を除けば、積分間隔を1~5日程度にとれば、以上のことは一般に満足される。
ところで、周期彗星の予報が発表され、それにもとづいて彗星を見つけることを「検出」といい、新彗星の「発見」と区別される。最近は、広視野のシュミットカメラなどの大型の望遠鏡が各地に設置され、新しく発見された新周期彗星や、何回も回帰を繰り返し軌道の確定している彗星が検出できないことは、ほぼなくなった。そこで、2回目の回帰が観測されると軌道のリンク(Link=結合)が行われる。この時点で、彗星は軌道を1公転したので周期はまず確定し、軌道の信頼性も非常に高まる。しかし、何十年、何百年に亘って彗星を追跡するには、これでもまだまだ不十分で、軌道の精度をさらに高めるためには次の回帰のリンクという作業を繰り返す必要がある。
しかし、ここでもう一つ厄介な問題がある。彗星は重力だけで運動しているわけではなく、核から絶えずガスが蒸発しており、彗星の動きを加速したり減速したりする。これを「非重力効果」という。この効果は、同じ彗星でも一定しないし、大きく働くものや小さいもの、あるいは全く見られないものなど種々雑多である。従って、この効果を回帰予報に取り入れるのは、かなりの苦労である。しかも、非重力効果を確かめるには最低でも3回の回帰の観測が必要なのである。
このように、彗星の軌道計算というのは、コンピュータの発達した今日でも大変なことである。昭和初期の軌道計算のやり方がどのようなものであったのか知る由もないが、大変なことだったことに違いはない。
(『岩波講座 現代物理学の基礎[第2版]1 古典物理学Ⅰ』1978年2月 岩波書店発行にはさまれていた月報に、中野主一氏が書かれた「彗星の軌道計算と予報」を参考にした。)
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