連載 星夜の逸品 -児玉光義-

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異色の天文学者・山崎正光(第二部) No.1 5/9
~日本人として初めて新彗星を発見し、日本に最初にガラス製反射鏡の研磨法を伝えた学者の生涯~

更新日 2023.2.3

 6月19日、さあ、いよいよ待ちに待ちたる日食の日である。朝、起きて天気を見る。だいたい良く晴れている。皆、喜びの色を顔に浮かべ、学校のキャンプに集まる。自分は、乾板の用意をなす。8時 ― 9時ごろから、だんだん雲が出はじめた。雲が、次第に濃くなるので心配である。12時ごろには、興部の方面から紋別にかけた線は、すっかり雲で、北の地平線の方は、晴れているので、どうもおもしろくない。風は、相当強く、北西の風である。しばらくすると、雲が切れはじめ、所々青い空が見え出す。雲は、盛んに飛ぶ。この分では、あるいは皆既の時、太陽が見えるではないかと思われた。しかし、雲が多いのが心配である。
 2時ごろには、太陽の方面が青い空を見せた。
 2時8分の、第一接触は、雲のため見えない。
 10分くらいすると、陰た太陽がくっきり見え出す。これより薄い雲が飛んでいたが、太陽はいつも見えていた。だんだん太陽が陰って薄暗くなりだす。
 太陽が、三日月の如くなったとき、地にはシャドーバンドという現象が見え出した。
 20cmくらいの幅の波の影が、ゆらゆら盛んに動く。
 だいぶ暗くなり、温度も下がる、小学校の三木訓導(教諭)に時間を読むことがお願いしてあった。
 3時19分54秒からはじめて貰うことになっていた。早や、1、2、3、4・・・・・と時間の声が聞こゆ。太陽はと見れば、既に薄い雲を通してコロナが見えている、直ぐ写真にかかる。スペクトルのカメラをもう遅いけれども、一枚撮る。後は、反射鏡のカメラで4枚の写真を撮る。時間は、100のときくらいに、また太陽を見る。左に大きいプロミネンスが見えた。太陽の縁には、ストリーマーがたくさん見える。右下には、皆既になる前10分くらい前から、金星が見えていた。コロナの色は、真珠色というのが一番近いようである。緑でもなく、ちょっと暗室で使うパンクロ用の灯りのごく薄いもののようである。プロミネンスは、赤とは言えない薄い赤、桃色のようであった。


 皆既になって30秒くらいすると、全く良く晴れたので、大変綺麗なコロナを見ることができた。生光の瞬間、ぱっと光が差したとき、ダイヤモンドリングがよく見えた。皆既食は、急に暗くなるとは今まで皆が言っていたことであるが、自分は始めからこれを疑っていた。それで、日食には、黒いメガネをかけて目を暗きに馴らしておくが良いということを、五藤君に注意してあったため、五藤君が皆に黒いメガネをくれたのは良かった。このメガネをかけていたために、急に暗くなったとは感じないで、大変明るい感じをもった。今度の日食は、コロナが明るかったとは言うが、それでも大変暗く感じた人もある。自分たちの隊は、メガネのために少しも暗いことなく、まるで晩方のような気持ちで仕事をした。
 皆既食の暗さは、wakino時と比較ができない。外の明るさは満月以上であるが、コロナは決して満月のように明るいとは見えない。それでいて、星などは見えない。満月の月はまばゆいけれども、コロナは決してまばゆくなくよい光である。決してまた、薄明(トワイライト)のようではない。全て一様に暗い。
 生光すると、だんだん明るくなってくる。生光の始めにも、シャドーバンドがあるはずであるが、これには気がつかなかった。三日月形のときは、木の葉を漏れる光は、みな三日月形である。
 第4接触も、晴れた太陽のため、よく分かる。
 皆既日食では、鳥が一番まごつくらしい。烏なども目が見えなくなって、地に落ちたそうである。

        皆既日食見た経験!

1.  日食には、ただ肉眼の観測はだめである。20倍くらいの望遠鏡で見るがよい。

2.  写真は、フォーカス(焦点距離)10cmの安いカメラでも、コロナやダイヤモンドリングまで撮れるから、カメラは何でもよい、多く使うこと。

3.  フォーカス2mまで、大きさ3インチより6インチくらいの望遠鏡なら、クロックワーク(運転時計)なしでそのまま写真が撮れる。その場合ダイヤモンドリング、1/2秒、1秒、5秒、10秒くらいの露出がよい。取り枠はフィルムパックにする方がよい。

4.  部分食を撮るには、しっかり絞り、大きさ1cmでもよい。そして、フィルムパックでよいから、なるべく多く撮ればよい。

5.  フラッシュを写真に撮るには、ロングフォーカス(長焦点)1メートル~2メートルのもので、角度30°+45°くらいのフリントプリズムを用い、計算してある皆既のはじめに、10秒くらいかければよい。例え、計算が3秒くらい違っても差支えない。小さいダイレクトビジョン・スペクトロスコープ(直視分光器)くらいで見たとて、全く見えないから、ただ時間になったなら露出すればよい。フィルムパックで多く撮ること。なお、皆既の前2分くらいから、フラッシュになるところを自由に撮れ。

6.  テレフォトレンズ(望遠レンズ)にプリズムをつけ、シネカメラ(映画撮影機)でフラッシュを撮ることは一番よい。

7.  9×1/2mmの活動写真に収めるには、2メートルのフォーカス(焦点)のカメラで、フォーカス(焦点)ガラスに出来た像を、25mmのアタッチメント(付属の)レンズを付けて、その像を写せばよい。この時、フィルターなどもその前に研究して置けばよい。
部分食の場合は、はじめから終りまで、同じ絞りでよい。絞りを変えるのは失敗である。コロナの場合は、5~6日目の月の光を標準にすればよい。

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 朝日撮影隊の方では、カメラと録音の入った、フラッシュに成功した。このフラッシュこそ、実に尊い得物である。

北海道 北見 興部における日食1936年6月19日

興部の位置

λ(東経)

143°07′50.4″

 

 

9h 32m 31.4s

 

φ(緯度)

44°28′08.1

第1接触

6月19日 午後    

2h 08m 36.4s

第2接触(皆既のはじめ)  

3h 19m 57.7s

第3接触(皆既のおわり)  

3h 21m 46.7s

第4接触

 

4h 26m 14.5s




使用装置

緯度観測所隊

    

100mm

130cm コロナグラフ

菊池

    

 

コロナ 4枚 撮る筈

 

    

6″-

f19吋 反射 コロナグラフ

山崎

    

2 1/2

f10吋 対物プリズム 角度19°

 

    

 

コロナ 4枚

 

    

 

フラッシュ 2枚 の筈(はず)

 

    

2″

眼視望遠鏡

山崎

    

 

接触用

 

    以上 プログラムの通り

    別にセネカカメラ、テレフォトシステム f27cm

      

部分食

山崎

      

コロナ 4枚 宮沢芳重

(五藤光学員)

      

これは全部失敗

 

(写真)

  

旭日斑(朝日班?)

    

指揮

五藤齊三

 

    

学術指導

山崎正光

 

    

 

村上忠敬

 

    

撮影

三木 茂

新興キネマ

    

 

林田茂雄  

朝日

    

録音  PCL

近藤健郎

 

    

無線係

五藤隆夫

 

    

外に助手7名 合計14名



機械

1.  

D 75mm f=1131mm F 1:15 望遠レンズ2個

 

バルボ撮影機  運転赤道儀

 

一方は2秒 1コマ  全経過用

 

一方は1秒24コマ  コロナ用

 

    皆既中使用

2.  

D 100mm f=711mm F 1:7 望遠レンズ

 

ベル型撮影機に取付け 手動赤道儀により

 

1秒16コマ回転  外部コロナ用

3.  

D 56.7mm f=317mm F 1:5.6 望遠レンズ

 

対物プリズム付 バンベル撮影機 録音付

 

第1、 第4の時 コンタクト(接触)を

 

第2、 第3食の時、 フラッシュを録音にて記録するため、

 

対物プリズムは、C線からG線までを13.5mmに分散するようにしたもので、角度は47°

4.  

D 10cm f=5.3m F 1:50 コロナグラフ

 

D 20cm シーロスタット

5.  

F=300mm ポートレート  キャビネ用

 

普通写真機

6.  

400mm 望遠レンズ ライカ

7.  

7球 無線受信機

8.  

2本ペン クロノグラフ モールス型

9.  

緯度観測所 電気装置クロノメーター

 6月19日 午後、日食も大成功のうちに終わる。自分等は、すぐ荷物を作り、20日に興部を発つ用意をなす。この晩、7時から村の催しで宴会に招かれ、一同喜びのうちに、この記念すべき日を終えた。感謝である。

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