更新日 2023.10.20
7月6日 Annuals of The Harvard College observatory vol.107, No.6, 1940-Feb. 1(ハーバード大学天文台年報 vol.107, No.6 1940年2月1日)発行
変光星観測報を受取る。これで自分が報告し初めてから第10冊目をもらったことになる。
この報告は年4回発行。観測者の名前の略と共に報告全部が出ている。自分の観測が他と比較してどれだけ正確であるか、1回で明らかとなる。皆の人の観測が大体一致する。馬鹿げて大きい値のものもなく、また小さ過ぎるものもない。
日本にもだいぶ観測者があるから互いに一致して観測協会を作り報告も年2回位にでもまとめて発行すればよいであろうが、日本の観測者は二系統に別れ、決して一致してやるという考えにならないからダメである。島国根性で罰をもって他をけなすのが甚だしき不心得である。パリサイ宗の人々の如く、自分にも天国に入らず、人をものらしめない主義であるから困る―。
9月10日 ポピュラー・アストロノミーの1報によれば、H. C. Wilson氏は1940年3月9日に逝去せられたりと。氏は、長き間ポピュラー・アストロノミーの主筆としてその功績あり、自分もリック天文台で知りし人である。
9月18日 天文電報
Comet Cunningham 05131 September 02100 21170 25439 10242 64082 Shapley, stromgren, Fukumi.
Cunningham彗星
発見日 9月5日2時10分 光度13等
α= 21h 17m ⊿α= -2m
δ= -25°43.0′ ⊿δ
----- 追加の報告により⊿δ= 0 と分かる。
日中金星肉眼にて見ゆ。
9月13日 役所の大宮君がちょうど通過せし飛行機を見し時、10時頃1つの星を見つけた。つづいて皆これを見る。自分の目にもよく見えた。この朝は特によく晴れていたので明らかに見ゆ。その後、19日にも晴れた時見えしと。21日のも注意して位置さえ示さるれば自分にもよく見えた。13日のときよりずっと光度弱くなり、且つ太陽に近づいた、今日は光度-3.6等、前は-3.8等。8月の初めには-4.2等であった。
10月4日 岡山県倉敷天文台に於いて彗星の発見あり。
この朝の位置、 α= 10h 8m δ= 24°東北に進行。光度9等。
10月4日 6時半頃より夕方の天を探ること2時間、多数の星雲に出会う。
倉敷の彗星を写真に撮ろうとせしも、出現が遅いから12時過ぎ止めた。朝の3時過ぎより見ゆ。
10月7日 午前2時53.5分~3時13.5分迄、しし座ζ星をガイド星として写真を撮る。倉敷彗星の位置、彗星状の天体を見ず。或は小惑星か。
尚、10cm赤道儀にてもしし座ζ星を中心に探すも、彗星状の物体を見ず。しし座ζ星の比較乾板にはL62あり。
10月8日 観測の終りて2時5分頃より3時6分ごろまで、彗星を探す。異状なし。雲 出しをもって止む。
11月11日 横岳には6合目位まで雪積る。
11月12日 水星が太陽面通過す、当地方では日が出ると既に太陽面に或る筈。
10時52分に終わる筈。この日は曇天。全く太陽は見えず。
11月15日 午後5時44分、カニンガム彗星を見る。満月にて薄くはっきりせず。
写生図を作る、はくちょう座θ星を頼りに星を写し得たるにより位置明かとなる。ボン星図より得たる位置 次の如し。光度は著し。
1855年分点 α= 19h 11m 22.5s δ= +35°39′
尚、想定位置は、
11月15.0日   ;α= 19h 14m δ= +35°54′
この夕、明が友達2人を連れて来り、月と木星、土星を見す。星像悪くよく見えず。120倍のアイピースを使用。星像のよい晩は木星、土星は今、大変よく見える。
カニンガム彗星は次の日付で写真を撮る。
11月20日 光度7等、少しく尾ある如し
11月27日 光度6等、少しく尾見ゆ。
12月 3日
12月18日 尾半度くらい見ゆるも、頗る薄し。
12月19日
12月20日 よく晴れた。光度4等。尾の長さ写真によれば4°くらいある。2つの流れあり。
12月27日 わずかな晴れ間にて写真を撮る。尾の長さ5°くらい。
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