連載 星夜の逸品 -児玉光義-

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異色の天文学者・山崎正光(第二部) No.4 4/6
~日本人として初めて新彗星を発見し、日本に最初にガラス製反射鏡の研磨法を伝えた学者の生涯~

更新日 2024.10.4

(写真)

山崎観測所の位置
経度      133°15′
緯度      33°30′
南には、虚空蔵山 高度15°くらいあり、十日の峠が10°くらいの高度で、切れ目になっておる。北はすぐ山で、前の畑に出なければ北極星より北が見えないのみで、東と西および南の天頂は良く見える。

1953年(昭和28年)、この年の我が家の出来事の主なもの、
(1)  2月に、自分が風邪を引き肺炎となって一月寝たこと。
(2)  3月に、恵子が片岡正己君と結婚したこと。
(3)  5月に、明が腸閉塞で手術したこと。
(4)  正己さんが港北病院に入って療養することになったことなどである。

1954年(昭和29年)、午後10時にシリウスが南中より少し西になった時、カノープスが見えた。

2月4日、この日は立春であるが、月が1日で旧暦正月にあたる。
2月14日の晩、8インチ反射鏡の試験をなす。

(写真)

Focus(焦点)の位置、pinion rackにより、
1.5吋(38mm)  接眼鏡では  A  9cm
1吋 (25mm)    〃      8cm
0.5吋(12.5mm)   〃      6cm
1吋接眼鏡で、星の焦点の内-外の試験ではまずよい。内-外の像が同じである。
今後、この8吋鏡を止めて、6吋鏡と取り替えることにした。
2月21日に、2個の6吋鏡に銀を引く。

3月4日、この日6吋鏡を8吋鏡の筒に取付けた。8吋の場合よりつぎのところを直した。
1.  チューブを5インチ長くした。それは、ワゲセイロ(米を蒸すもの)に、8インチの板に6インチ鏡の入る穴を開け、6インチ鏡を取り付けたものである。
2.  ダイアゴナルは6インチ用のもの、つぎの図の如く木のくり抜きをはめた。

(写真)


3月12日、この日友人北川力馬君が亡くなった。

3月15日、この晩6インチ鏡を調節した。0.5インチ(12.5mm)接眼鏡で、焦点の内-外の像も良い。

3月25日、6インチComet seeker(コメットシーカー= 彗星捜索機)の光軸を直し、像は大分良くなったが、まだどうも星の像に尾が出る。

3月26日、この晩、視野の大きさを知る。大体、視野の直径は、時間で9分-10分で角度の2°20′と測る。接眼鏡は1インチ(25mm)

これにて、2の6インチ反射鏡を作ることが出来るようになった。このコメットシーカーというのは、1940年7月頃から作っておるものである。

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